「狂気」の解釈
どうも、RinDaです。
今回のテーマは「狂気」についてです。
声優志望者の方の上げていらっしゃるボイスサンプルを見ると、だいたいの方が「狂気」を題材にした台本を読んだとのある印象です。
一時期、声優志望者の方に対するネガティブなツイートが回ってきたことがあります。
その中の一つに、「声優志望者は「狂気」を演じたがる」「しかもそのほとんどが下手くそ」といったものがありました。
まあ、ただ暇人がしたツイートでしょうが、この発言は的を得ていると思います。
声優志望者のほぼすべてが「狂気」が好きで、だいたいの方が当然のように「下手くそ」です。
その理由を個人的に解釈してみました。
狂気とは何か
狂気とは「世界の事実や常識を自らの力・意志で捻じ曲げようとする気持ち」です。
なので狂人とは「世界のあり方から狂った人」ということですね。
イメージしやすくすると「全知全能の神に逆らうこと」ということでしょうか。
よくある狂人の人物像って「無差別〇人者」だと思います。
いろんな理由があるとは思いますが、彼らは「社会のモラルより自分の意思や欲求を優先している」って設定が多いと思います。
あとは「自分が神であり、人間を裁く権利がある」とかでしょうか。
これは「人を〇してはいけない」という一般常識を平然と無視して行動をするということで狂気にカテゴライズされます。
しかし、こうした悪役ばかりが狂気をはらんでいるわけではありません。
例えば「復讐者」
復讐劇の中ではヒーローとして描かれますが、身内を〇されたから問答無用で仇を取っていいわけではありません。
身内の死というものがその人物を狂わせてしまったということですね。
他に「戦士・兵士」もそうですね。
人を〇すための職業と言う存在そのものが狂気をはらんでいますよね
処刑人などもそうですが、必要悪とされるものも存在としては正当化されていますがその本質は狂気に満ちています。
そうなると「裁判官」などもそうですよね。
狂気は人だけのものじゃない
もう一つ狂気をはらむものでよく作品に取り入れられるのが「狂った世界」です。
まあ、世界とは人の集合体なので狂人が集まれば狂った世界が出来上がります。
例えば、映画「バトルロワイアル」
ある高校のクラスの生徒たちが一人になるまでクラスメイトで〇しあうことになるという映画
狂気的状況に置かれた生徒たちは、生き残るために狂気に染まります。
あとは「戦争」なんかもそうです。
人がいかに人を効率よく〇せるかを競うゲームなんて狂ってますよね。
正当な狂気が存在する
ですが、考えてみて下さい。
狂気が「世界の事実や常識を自らの力・意志で捻じ曲げようとする気持ち」であり、その世界までも狂うことがあるのであれば、狂った世界で正気を保っている人物は
どうなりますか?
定義的にはこの人物は「狂人」です。
人が〇しあう世界で人を〇さない人間は、その世界の在り方に反しているからです。
ですが、現実世界から見たらその人物は正気であり正義です。
この矛盾した状況は、日常の中でも存在します。
会社に遅刻しているのに困っているおばあさんに声をかける人
お金が命の次に大事とされた社会で拾った財布をそのまま交番に届ける人
演技経験が全くないのに一年もしないうちに業界で有名になる声優
と言うように、親切な人や天才なんて人は小規模かつ希薄な形で狂気をはらんでいると言えるでしょう。
あと他には
余命宣告をされているのに死の恐怖に打ち勝ち、友人に嘘をついてでも普通の学生生活を送ろうとする人
とかもそうですね。
狂気はありふれている
以上のことから、
狂気を決定づけるのは、その世界と自分自身のズレであることがわかると思います。
なので、この世界に生きる人々の常識がサラリーマンなのであれば
一日中練習をするプロ野球選手も
文字だけで物語をつづる作家も
動画を毎日上げ続けるYouTuberも
みんな狂気をはらんでいると言えるでしょう。
しかし、人の人生は一度きりです。
どうせ進むなら狂気をはらんでいようが自分のしたいように進むのがいいと思います。
そのためには狂気を恐れないで下さい。
狂気を神格化しているうちは、あなただけの人生は歩めないかもしれません。
ちなみに、「人の人生は一度きり」という強大な世界の法則に、わずかながら反している職業があります。
人間の絶対的な法則に対して狂気をはらんでいる職業。
それは、なんだと思いますか?
RinDa